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千葉地方裁判所 昭和44年(ワ)192号 判決

原告 小西重晴

訴訟代理人弁護士 柴田睦夫

同 高橋勲

被告 三田交通株式会社

代表者代表取締役 白木金太郎

訴訟代理人弁護士 北光二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

「原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。被告は原告に対し金八万一五八五円と昭和四四年四月以降毎月二五日かぎり各金三万八八七八円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と金員請求部分について仮執行宣言を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告がタクシー営業等を営む会社であり、昭和四二年五月三〇日原告をタクシー運転手として期間を定めないで雇傭したこと、原告が被告のタクシー運転手として勤務し、被告から賃金の支払いを受けてきたこと、被告が昭和四四年一月二三日原告に対し就業規則七二条一三号と二〇号に該当することを理由として懲戒解雇する旨の意思表示をなしたこと(以下本件解雇という)、被告が就業規則七二条で、一三号の「職務上の指示命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき」と二〇号の「料金メーター器の不正操作、メーター封印破壊、乗車拒否、運転日報の偽装等不正を行ない、又は道路運送法に違反する行為があったとき」に該当する場合は従業員を懲戒解雇すると定めていることは当事者間に争いがない。

二、(二〇号該当事由)昭和四四年一月一五日は中山競馬の開催日で、午後一時ころには国鉄西船橋駅前からバス、タクシーで競馬場に向かう客の数がようやく減少し始めたが、駅前タクシー乗場にはタクシー一〇台余が一列に並んで順次客を乗せて発車し、約三〇名の客がタクシーに沿って二列に並び順番を待っていたこと、原告の運転するタクシーが先頭から三台目になり、先頭のタクシーが客を乗せて発車したころ(原告は発車と同時ころと主張し、被告は発車した直後と主張する)原告は急に列から離脱し、まもなく(原告は二分間余ののちと主張し、被告は直ちにと主張する)並んでいたタクシーの最後尾についたこと、原告が同日午後三時ころ同じ場所で順番を待っていた婦人客を乗せないで走り去ったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、中山競馬が開催される日は西船橋駅前からタクシーで競馬場に向かう客が多く、混雑を極めるうえ、タクシーの運転手が競馬客を選んで乗せて不当な料金を要求したり、一般客を乗せようとしなかったりして苦情が多かったので同業の被告、船橋交通、下総タクシーの三社は昭和四二年暮ころから自主的に駅前のタクシー乗場に配車する各社の車両数を規制し、各社から乗場に乗客整理員を派遣して乗客の整理誘導をするようになり、同業の船橋タクシーがあとでこれに加わった。整理員は乗場に並んだ競馬客を順番に小型車に四名、中型車に五名ずつ乗せたが、競馬客がその人数に達するまでの間に一般客が並んでいたときにはその一般客をあと回しにして右の人数に達するまでの競馬客を順番に選び出し、一般客を次のタクシーに乗せるようにした。また、整理員は合乗りをする乗客に所定のメーター料金を上回る料金を支払わないよう指示したが、競馬客はメーター料金が一三〇円前後であるのに、各人が一〇〇円ずつをタクシー運転手に支払った。タクシー運転手はメーター料金だけを会社に納入し、その差額を自己の利得とすることができたので、競馬客を好んで乗せ、一般客を敬遠する者が少なくなかったが、並んでいる客のうち競馬客と一般客を見分けることは極めて容易であり、先頭から三台日になれば自分が一般客を乗せる番にあたるかどうかを容易に判断することができた。原告が午後一時ころ先頭から三台目になり、その先頭のタクシーが客を乗せて出発したとき乗場には競馬客が四人ぐらい並んでいてその次に和服を着た子ども連れの婦人客が並んでいた。原告はこれらの客を見ると先行車に続いて順番に客を乗せるのが嫌になり、先頭のタクシーが発車すると直ぐ列から離れ、駅前広場を左に迂回して横断し、そのまま並んでいたタクシーの列の最後尾についた。原告の次に並んでいたタクシーがその一般客を乗せた。原告が次に先頭になったとき乗客の整理をしていた被告の営業係長高橋貞二が原告に「ああいうことをしてはいけない」と注意したが、原告はこれを聞き入れようとしなかった。原告は午後三時ころ同じ場所で子ども連れの婦人客を乗せる番にあたったが、西船橋付近ではそのころになると道路が混雑するので、その客を乗せると不利益をこうむると判断し、乗客の整理をしていた被告の営業課長秋元正が原告のタクシーに近寄って客席のドアに手をかけようとしたのを振り切り、その客を乗せないでその場から走り去った。≪証拠判断省略≫以上の事実によると原告が午後三時ごろ婦人客を乗せないで走り去った行為は道路運送法一五条、自動車運送事業等運輸規則一三条に違反する行為であって、就業規則七二条二〇号の乗車拒否に該当するということができ、原告が午後一時ころ先頭から二台目になって列から離脱した行為は原告が順番を待っていた一般客を乗せるのを嫌ってその挙に出たものと推認できるので、これも二〇号の乗車拒否に該当するということができる。

三、(一三号該当事由)翌一月一六日秋元課長と高橋係長が原告のなした前記二の行為(以下乗車拒否という)について原告に注意を与えたこと、同日さらに被告の井島林三総務課長、秋元課長らが被告の労働組合の小野粕吉執行委員長、国吉昭作副委員長、宮崎清書記長、佐藤秀夫調査部長らとともに原告のなした乗車拒否についてその非を改めるよう説得したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、秋元課長と高橋係長は一六日午前九時ころ井島課長に原告のなした乗車拒否について報告したのち、原告を被告の事務所に呼んで前日西船橋駅前でしたような乗車拒否を繰り返さないよう原告に注意した。原告はその両名に「他のタクシー運転手が同じような乗車拒否をしている」とか「午後三時ころ原告の前に並んでいたタクシー四台が嫌って乗せなかった客をどうして自分が乗せなければならないのか」などと反問し、乗車拒否を慎しもうとするような態度を見せなかった。そこで、井島課長、秋元課長、高橋係長は組合の小野執行委員長ら執行委員数名を被告の専務室に呼んで、原告も同席させ、秋元課長と高橋係長が列席者に原告のなした乗車拒否の具体的内容を説明したうえ、組合の執行委員らとともに原告に乗車拒否を慎しむよう説得した。原告は「被告のタクシー運転手のA君やB君はしょっちゅうやっているのに、おれだけどうして責められるんだ。会社が合乗りをさせるからこうなるんだ。会社が西船橋の殺気立った運転手を整理できないんだから今後もこういうことが起こる」とか、「どうにでも勝手にしろ。首にしたければしろ。首にされても謝らないぞ。おれは今後悪いことをしないと一応約束しても、またやる気性だ。ひとにやられたらそのまま我慢できないからやり返す。管理がきちっとできたら自分も守る」などといい、言葉をやりとりするうち小野執行委員長の発言に腹を立てて、同人に「おれは組合の世話にならない。組合を脱退するから紙を持って来い」といい、その席を立つとき、「おれは明日から腹痛で二、三日休みだ。ぼくは生水を二、三杯飲めば腹痛を起こすんだ」といい捨て、専務室から退席した。≪証拠判断省略≫以上の事実によると原告が井島課長、秋元課長、高橋係長らに対して発言した言葉はいずれも正論ということができず、原告は自己の非を棚にあげ、井島課長ら上司の正当な注意、説得に対して終始度を越す反抗的態度を示し、そのため職場の秩序を乱したということができるから、原告が一六日になした言動は就業規則七二条一三号に該当するといえる。

四、(解雇の正当性)≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、井島課長、秋元課長らは当初原告が会社側の注意、説得を聞き入れて一五日になした乗車拒否を反省し、以後これを繰り返さないと約束すれば、原告を懲戒処分に付す考えは持っていなかった。ところが、原告が一六日被告の専務室で会社側の説得を聞き入れようとせず、反抗的態度を示したので、被告は原告の処遇にとまどい、労働組合の執行委員らに組合の意見を求めた。執行委員六名(八名のうち二名欠席)は同日緊急執行委員会を開いて協議をしたが、組合と会社側が原告を説得したのに全然効果がなかったうえ、原告が組合の世話にはならないなどといっていたので、手の打ちようもなく、被告が原告を解雇するというのならやむを得ないという結論になり、同日午後四時ころ井島課長に組合としては被告に一任するほかないと報告した。井島課長がこれまでの事情を上司に報告し、原告が一月一七日に欠勤したので、被告はとりあえず原告を一週間の出勤停止処分に付し、ますます自主的規制を要請される業界の趨勢と原告の態度を照らし合わせるなどして慎重に検討したうえ、原告を懲戒解雇することに決定し、一月二三日その旨を原告に通知した。以上の事実によると被告が七二条一三号と二〇号に該当することを理由として原告を懲戒解雇したのは正当であるということができ、被告が解雇権を濫用したとの事実を認めるにたりる証拠はない。

五、そうすると、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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